人付き合いがうまいというのは、人を許せるということだ。
- 名言一覧::1/98:名言集.com (via hazki) (via xlheads) (via yaruo) (via mamemomonga) (via konishiroku) (via yaruo) (via nashi-kyo) (via appbank) (via hustler4life) (via realemotionaltrashbox) (via pinto) (via hydrogenblr)
金属音が大好きなんですよ。人間の歴史のなかで、金属音ていうのは革命的だったわけじゃないですか。錬金術から学んで金属を抽出することを覚えて、金属のベルとか楽器を作って、それを鳴らした時に、今までにあり得なかったくらい倍音が出て、『なんだこの音!?』っていんなおののいたわけじゃないですか。そこから、宗教はいろんな金属音を使うっていうのがお決まりで、仏教の鐘も、仏壇の前にあるチーンってやつも全部金属音で、東南アジアの宗教もガランガランっていう金属音で、宗教は絶対金属音なんですよ。それはなんでかっていったら、自然にない音だから、生き物としてそれを感じるんでしょうね、人間が。
- ROCKIN’ ON JAPAN MAY 2008 宇多田ヒカル インタビュー (via mitsuba)
次の言葉は、成功系名言リストでは常連で(googleで検索してみた)、ベンジャミン・フランクリンやウィンストン・チャーチルやデール・カーネギーに混じって並んでいるのを見たことがある。
Eighty percent of success is showing up.
成功の80%を決めるものは、顔を出すこと。
多くの格言/名言がそうであるように、その意味を矮小化することも誇大化することも可能かつ容易である。
顔を出すこと(showing up)を、パーティや就職面接(job interviews)のことだと考える解釈はとても多い。そう考えてもきっと、この言葉は役に立つ。
去る者は日々に疎し、生ける者は日々に親し(頻繁に訪ねてくる人や、ときどき顔を出すような人とは、なんとなく情が移って親しくなります。反対にすこしも音沙汰がなく、遠く離れて姿を見せないような人とはどうしても関係が疎くなるものです。)。
宝くじだって買わなきゃ当たらない。運命の赤い糸にだって前後賞がある(清原なつの「ゴジラサンド日和」)。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、ビュフォンの針で円周率も求まる。
しかし、別の、もう少しだけ深い解釈もある。
showing upとはstarting(取り掛かること)のこと、というのである。
スポーツ・クラブは、多くの不活発な幽霊会員で成り立っている。
会員にはなったものの、しばらくして通う回数が減り、週に1回行くか行かないかといった大半の人々が、期せずしてコストを負担している。
難しいのは、トレーニング・メニューのデザインでも、運動量のコントロールでもない。
ドアをくぐること、向かうこと、最寄り駅で行き過ぎず降りること、スポーツ・クラブへとにかく向かうこと。
そこを過ぎれば、少々苦しくても、息が上がっても、あとで筋肉痛に見舞われても、なんとかなる。
つまりshowing up(顔を出すこと)。
すぐに分かるように、あらゆる機会という機会について、同じことが言える。
難しいのは、取り掛かること。
もっと難しいのは、毎日、取り掛かること。不断に、それを続けること。
- ウッディ・アレンが教える成功の80%を決める秘訣 読書猿Classic: between / beyond readers (via ginzuna)
67 名前:1/2[]:2010/10/24(日) 14:16:19.67 ID:TCEuIKy4O
私は百貨店で販売の仕事をしているのですが、先日仕事中の出来事です。
三歳くらいの女の子を連れた、若い女性が来店されたのですが
親子のようですが、少し様子が変でした。
夏の暑い日で女性はノースリーブに膝丈のパンツ、サンダルと言う軽装なのに
女の子は長袖長ズボン、素足に薄汚れたスニーカーという出で立ち。
娘は母親の後ろをオドオドとついていく感じで、楽しくお買い物という感じは全然しないのです。
仕事中でしたので、それとなく様子をうかがっていたのですが
突然、何かがぶつかるような音と、女の子の
「お母さん、ごめんなさい、お母さん、ごめんなさい」
という悲鳴のような声が聞こえてきました。
見やると床に倒れた女の子と、恐ろしい目でそれを睨み付ける母親の姿が。
女の子の頬は赤く腫れています。
私は警備員に連絡をし、二人の方に駆け寄ったのですが
女性に声をかけようとしたときです。
ヤンキー風の若い男が女性を怒鳴り付けたのです。
「テメー、子供になんてことするんだ」
女性も言い返しました。
「躾なんですから、余計な口は出さないでください」
騒ぎに気づいた他のお客様も集まってきました。
私はオロオロしてしまい見守ることしか出来なかったのですが
68 名前:2/2[]:2010/10/24(日) 14:17:35.95 ID:TCEuIKy4O
男「何が躾だ、テメーのやってることは虐待じゃねーか」
女「変な言いがかりはやめてよ、躾よ、虐待なんかじゃないわよ」
しばらく睨みあっていたのですが、突然男は女の子に近づき
男「躾ってのは、身を美しくするって書くんだ」
そういって女の子の袖をまくったのです。
女の子の腕は痩せ細り、そしてアザだらけでした。
男「アザだらけの体のどこが美しいって言うんだ」
女性は絶句し、泣き出しました。
そこへ警備員が駆けつけ、警察やら児童相談所やらに連絡がとられることになったのです。
騒ぎが収まったあと私はそのヤンキー風の男性にお礼を言いました。
男性はちょっと照れたように
「昔の俺みたいだったからよ、躾だ躾だっていわれてたけど、漢字見たら大嘘だってわかったから」
見た目は怖かったけど凄くかっこよかったです。
-
(via eachmiyoko)
2010-10-31
(via gkojax-text)
オフィスまでタクシーに乗ったときに、運転手さんに「今日、初めてで、よくわからないんです」と言われた。ふつうなら「まいったなぁ」と思いがちだが、こういうときに小山さんは「おっ、ラッキー」と喜ぶことにしているとか。
〈なぜなら、その運転手さんにとって今日は人生の大きな分岐点だからです。ここで彼に優しくすると、僕は彼の中で一生いい人で終わる。ひょっとしたら彼が年をとったとき、「俺さ、初めての日にさ、こんなお客さん乗せたんだよね」と家族や友人に語るかもしれない〉
で、小山さんは、例のパン屋の前で降りるときに、「疲れたときはここに立ち寄ってください。この名刺をだしたら、パンをさしあげます」と言って、自分の名刺に、「イズミちゃん、この名刺を持ってきた人にジュース+カレーパン一個プレゼントしてね」と書いて渡したという。
あまりにその日は気持ちがよかったので、会議の場で、さらにこんな提案をした。
「いい運転手さんだな」とか「なんかこの人とつながりたいな」と思ったら、名刺に同じようなことを書いて渡そう。経費は会社が持つから、と。
-
「いい人」になれるチャンスを逃がすなんて…〜『もったいない主義』 小山 薫堂著(評者:朝山 実):日経ビジネスオンライン (via kojiroby) (via plus16hours, pinto)
2009-04-15
(via gkojay) (via jun26) (via ase-hujiko) (via ingurimonguri)
(via layer13) (via knnr) (via shrineroof) (via reservoir) (via petapeta)
(via rokuroku) (via smms333) (via doronkopepi)
さてそのエピソードというのは、今川義元が8才の竹千代(後の家康)を人質に引き取ったときのことである。義元は側近のものを呼んで、「この後、竹千代には、出来る限り《惨い仕打ち》を加えよ!」と命じたという。相手は幼い子供である、《惨い仕打ち》という言葉に困惑した家臣が「惨い仕打ちとはどんなことでしょうか?」と恐る恐る尋ねたところ、義元は「何不自由なく過ごさせてやれ。暑いときは涼しくしてやり、寒いときは暖をとってやれ。決してひもじい思いをさせないで、欲しいものは何でも与えよ。願いは必ず聞いてやれ。」と答えたという。これが、義元の《惨い仕打ち》の中身だったのである。これは、家臣たちが想像した文字通りの惨い仕打ちとは全く逆だったのである。つまり義元は、これによって、竹千代の心身が堕落するのを待ち骨抜き状態にして、将来、決して自分に逆らえないようにしようとしたのである。今川義元は、さすが人間の弱点を見極めた老練な策士であった。多感で育ち盛りの竹千代ではあったが、その後の家康の生涯を考えると結果的にはその甘い罠には乗らなかったことになる。むしろ逆に、抑制、断念、忍耐といった将来を生き抜くための強靱な精神を自らに打ち込んだことになる。
このエピソードには、現代の家庭はもちろん、社会全体で考えるべき人間の生き方、育て方についての時代を越えて変わらないずっしりとした真実が含まれていると思う。今、日本の子供たち全体が、知らず知らずのうちに、この今川流の《惨い仕打ち》を受けているような気がする。明日の日本を支えることを期待されている子供たち一人一人が、この今川義元の甘い罠と対決して、これを乗り越えて『徳川家康』になってほしいと思うし、学校と家庭は、手を携えてその手助けをしていかなければならないと思う。
「子供を不幸にするいちばん確実な方法はなにか、それをあなたがたは知っているだろうか。それはいつでもなんでも手に入れられるようにしてやることだ。」・・・ルソーの「エミール」の中のよく知られた一節である。物と情報が溢れ氾濫し、物質的にも精神的にも何が真実で何が間違っているのか、また、人間が人間らしく生きるためには何が必要で何が必要でないか、そういうことが分からなくなってしまい、子どもたちの健全な成長と自立が大変難しい時代になってきている。今度時代劇などに徳川家康が登場したときには、このエピソードを思い起こしてほしいものである。
-
実感エッセイ⑪ (via petapeta) (via msnr)
2008-08-11
(via gkojay) (via mcsgsym) (via megumu226) (via cole107) (via bulu)
(via junsakura) (via itokonnyaku)
(via rokuroku) (via nemnheadway)
(via cherub69) (via doronkopepi)